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  • 執筆者の写真KEITOH HANAMURA

うるさうるさい俺と先輩

「彼女作りなよ、モテるでしょ? かっこいい顔してるじゃん。」

 

「オシャレだよね、さっき着てたコート、どこのブランド? へえそうなんだ! ユニクロを着こなせるやつだ!」


 どう答えれば正解なの、これ。ケースバイケースなんかな。バイトの先輩社員さん店長さん、マッチングアプリで繋がり初めて顔を合わせた女、先生、学校のOB相手なら「いやいやそんなことないですよぉ」もてないですよー、笑えばいい? 同級生、中高の同級生、本音を言えるくらいどうでもいい他人とか相手なら「そうなんだよ俺イケメンなんだよ。彼女いないのは面倒だから」冗談ぽっく笑えばいい? 


 特にバイトの先輩の場合だよ。


 何も知らないくせに適当なこと言って俺に期待持たせないでくださいよ。可愛くて若いアルバイトの先輩なんかからそんなこと言われちゃったら調子乗って、鏡を見る度に、前髪を直して目尻を伸ばす他称ナルシストになってしまうじゃないですか。いいんですよ別に。思ってもいないことを口にしてまで会話を広げようとしなくたって。俺は先輩に気遣われて会話するよりも、レジから出て陳列棚のフェイスアップしてるのが楽なんですよ、ついでに楽しいんです。そういうパズルで遊んでるみたいで。いや、先輩と話したくないわけじゃないけど。


 先輩が俺の目を見てくるから、俺も目を見ないといけなくなる。レジに客が近づいて来ていないか確認するフリして目を逸し、目を合わせていた分だけ、そうやってバランスを取る。目線が勝手に降りてしまうのをばれないためにも。


 先輩は二五歳で、エイチマートの社員さんで、俺の面接をした人で、一二時から二二時まで店で働いている。俺より頭ひとつ背が低くて、目元のラメと、笑いっぱなしな顔と、エプロンの下に着ている焦げ茶のトランスファーのトレーナーが子供っぽくて可愛い。だから先輩って言うよりは、社員の小栗さんとか言うべきなんだろうけど、どうにも社員さんっぽくないから、頭のなかでは先輩って呼んでいる。


「んじゃあさぁ、どんな娘がタイプ?」


 さっきのモテる彼女かっこいい顔の話に続いて、先輩に尋ねられた。やっぱり目をちゃんと見てくる。答えが浮かばないときには間延びした台詞で誤魔化しながら考えろ。高三の秋にやった面接練習でそう言われたのを思い出して、「そうっすねぇぇ……」なんで年上目上が相手だと何々|っ《・》|す《・》|ね《・》って言うんだろう、俺。違う違う、余計なこと考えんな。


「ぁ」


 ほんとに小さな「ぁ」を先輩が漏らした。何の「あ」? レジに客が来たんだ。左足に任していた体重を両足へ平等に分配して、スキャナーを握る。カゴ一杯におにぎりやら二リットルミネラルウォーターやらアイスやら詰め込んだハゲオヤジは、俺より早く準備を済ませていた先輩の方へ行ってしまった。フラれた人みたい、しかも大玉砕のパターン。やるせなくて、レジのタッチパネルをピコピコいじる。


「一二点で、お会計、三四二八円です」


 台詞は店のマニュアル準拠なのに、先輩のセリフはなんだか友達に話しているみたいだ。接客スマイルは顔面に馴染んでいて、口元だけの微笑みに目尻の笑みを追加装備するまでがスムーズだ。週に五、六回も店で接客していたら、流れ作業のように笑顔になれるのかな。俺はコンビニアルバイト三年目、自分の笑顔がとんでもなくブサイクなんじゃと不安で口元もさり気ない微笑みしかできない。


「はーい、ちょうど頂戴します」


 一度レジを挟むと、会話は途切れがち。客がカウンターにカゴを置くがしゃんという音、持ち手とカゴの部分が触れ合うばちんという音はのど自慢大会の鐘の役割。


 先輩は何が好きなんだろう。どんな音楽聴きます? 聴いてどうするの、俺。先輩の顔は三代目好きの高校の同級生に似ている。先輩が三代目のファンと答えて、俺は、へぇ、なるほど、そうなんですか、の三択だろうし。そこで、終了。また気を遣った先輩が、俺にどんな音楽が好きなのか尋ね返してくれるのだ。


「ありがとうございましたぁ、またお越しくださいませー」


 笑顔で頭を下げる先輩。そういえば先輩は仕事中髪をまとめないんだな。これくらいの長さなら問題ないのかな。ダークブラウンのセミロングヘア。コーヒー色のエプロンと似た色のトレーナー。まっくろなチノパンとコンバース。上から下まで見たら、ちょっと、小熊みたい。


「んで。どうなの、コバくん」


 珍しい、話が継続された! コバくんって何、初めて言われた。小早川だからコバくんってわけねわかりました了解です。答え考えてなかった、どうしよう。


「別にタイプとかは……強いて言うなら、明るい人っすかね」


 あー今絶対、強いて言うなら、を、ちいて言うならって言った。だっせー、クソダサい、甘噛みとか。


「明るい人とは、ざっくりだね」

「なんていうか、あれこれ考えたり、後悔ばっかしてる人って、面倒じゃないっすか。当人も、付き合ってる方も」


 要するに俺みたいなやつって面倒くさいんですよ。大したこと言わないくせに、内心ではあれこれ言って、心の中だけで人を批判するタイプの人間。


「バッサリしてるね君、案外、うん、ちょっと面白いかも」


 馬鹿みたいで面白いのかな。それともブーメラン刺さってて面白いのかな、いや俺があれこれ考えまくってるのを先輩は知らないか。きっとぼーっと突っ立てばかりのでくのぼうだと思われてる。


「あのさ、コバくん」

「なんすか?」

「あたしきみのこと好きなんだけど、あたしって恋愛対象入る?」


 なんすか、はちょっと生意気な雰囲気だったかもしれない、仕事はまだ未熟なくせに不遜なアルバイトだと思われてないかな、不遜の使い方は間違ってないかな。

 ……ちゃんと聞こえていますとも。けど聞こえなかったフリとかしてみようかな。それはまずいな、聞こえた上で言葉の意味が脳に届くまでにタイムラグが生じたフリでもしてみよう。


 一〇秒のタイムラグを作る。一、二、三、長いな。もういいや。目を丸くして先輩の方を見よう。先輩が笑っていない。目も口も笑っていない。なんか、泣き出しそうな表情をしてる。


「……まじすか?」

「……まじっす」

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